日本睡眠党

今日は自分のこどものことではなくて,こどもからみた親,つまりは自分の父のことについて書こう.

折りしも,昨年の同時期にちょっとだけ書いているのだが,
http://d.hatena.ne.jp/sameo/20041227/p1

年末の慌しい時期を迎えると父の偉大さに感服する.彼は大学の教員だったのだが,「師走」においてもほとんど走っていなかった.一番忙しくしていたのは入学試験のある2月だと子供ながらに感じていたが,なぜ師走が彼にとって忙しくないかというと,およそ社交的とは言える性格ではないからである.退官時にもらった大学学部の小冊子のインタビューによると「とにかく実人生はお断り」ということでその道に進んだと書いてある.

専門は仏文学である.それも相当の変り種で,もともとは数学専攻.大学に入るまでは数学者になろうと思っていたらしいが,大学に入り限界を知り仏文学に転向.そんなわけで構造主義に惹かれていったわけだ.でも,この「限界を知り」説はさきほどのインタビューによると嘘で「本当の理由はわからない.でも校舎の裏に生えていた夏草を見ているうちに,フランス語をやるかという気持ちになった」と書いてある.

僕がメディアやコミュニケーションや組織を専門とするようになったのは,高校時代のいくつかの原体験が強く,父のようにぼんやりとそこに行き着いたという感じではない.それでも,たとえばゲームをほとんどやらなくて,旅行をしたり,絵を見たり,生で落語を聴いたり,演劇を見たりするのが嫌いじゃない僕があるのは,彼のそんなところによっているのかもしれない.

そんな彼はよく冗談で「日本睡眠党の総裁に就任したい」と言っていた.その政治信条はこうだ.「寝ているだけでもみな所得が得られる社会が良いのだ」.まあ,この主張は極端だし,デフォルメがあるわけだが.

けれどもこの日本睡眠党は含蓄のあることばだ.「とにかく実人生お断り」の彼が天下国家のことを考えたことはなかった(少なくともある時期からは)だろうが,今の日本には睡眠,あるいは余裕がたりない.

彼は自分のことばかり考えていたわけでは決してなくて,できる範囲での教育に非常に力を注いでいた.そして彼はある一部の学生からは間違いなく慕われていた.

余裕のあることで「味わえる人生」があることを,あえて実学の世界に身をおきながら,僕はこれからの若い人たちに伝えて行きたいと思うのだ.