地位は人を作らない

春である。人の異動の季節である。色々と話が伝わってくるが、短ければ1年、長ければ5年程度で「やっぱりね」という結果がほとんどだ。良い予想でも悪い予想でも。

ここから導けるのは、そして僕がかねがね思っているのは、地位は人を作らないということだ。

地位というのは、「社会集団における立場」であって、組織なりシステムなりが規定するものだ。で、そのようなものにつくと自ずと人は自分で手を動かしたり、考えたりしなくなる。地位というものの性質上実質的に無理だからだ。そうなると元来力量がないとするともう結果は見えている。

このような不幸な人は積極的ではない意味で「他に誰もいないから」という理由で起用される。

ただ、なかなか後釜が出てこない場合は、力量の足りない人でもその地位にとどまり続けるケースがある。でも本人は不感症ではないから、力量が足りないことはわかっている。金とか周りからの目とかと、自分の中にあるふがいなさを天秤にかけて、仕方なく続けているケースだ。あるいは毒にも薬にもならないことをいうご意見番という独自のポジションを築いているケースもある。どちらにしろ気づいてしまっているからツライ人生だと思う。

こういう人はちょっと踏み込んだ責任ある発言を求められるとボロがでる。お馬鹿なことがばれないような発言、質問に真正面から答えない回答、笑ってごまかすなどで対応する。たちの悪いのは、けっこうその技が洗練されていることだ。

いやー、春ですな。